語れる服 Vol.8: 色を黒のみに絞り、テクニカルな手法を駆使した、コム デ ギャルソンの新ブランド「ノワール ケイ ニノミヤ」。レディスウェアを舞台にした、その創造を解き明かします。
変貌したライダースジャケット。
最初に取り上げるのは、男性にも馴染み深い服であるライダースをベースにしたジャケットです。ただし肩から袖、背中は、アコーディオンのプリーツのごとく大きくうねっています。実はこの部分は、テープ状にカットした素材を重ねたり、円にしたりして、金属のリングでつなげたもの。細長く切った紙をガムテープのようにクルクルと丸め、それをメガホンのような筒状に伸ばした状態を思い浮かべていただくと理解しやすいかもしれません。布を糸で縫製していく一般の服づくりの発想では生み出せないデザインです。さらに袖は、動かすと波のようなゆらぎがあり、人が着ることで見栄えが増す服であることがよく分かります。袖口のフレアも、女性的なフォルムといえるでしょう。
続いて取り上げるのはボレロのようなショート丈ジャケット。これもライダースがベースで、前述のジャケットと逆に袖がベーシックで、フロントがパーツの繋ぎ合わせによる装飾になっています。素材は本革ではなく合成皮革です。近くで見ても本革と見分けがつかないほどのクオリティ。デザイナーの二宮さんによると、この素材を使った大きな理由は「厚みを均等に揃えられるから」。カットしたエッジ面が重要な意味を持つため、厚みが不均質な動物の革より合皮のほうがこの服には最適だったのです。このページ上段写真のジャケットでは、テープの幅を一つ一つ細かく変え、豊かな立体感を表現しています。このショートジャケットでも、中央部分の円パーツが外側に行くにつれ四角く形状を変え、複雑なグラデーションを描いています。まるでオランダの画家「マウリッツ・エッシャー」のだまし絵のような世界が広がっています。
テクニックにフォーカスする服づくり。
このドレスも、前ページのジャケットと同様にテープ上にカットした素材をリングで繋ぎ合わせてつくられています。裁断には、レーザー機器を使って布を切る、レーザーカット手法が用いられています。素材のつなげ方にも実験的なテクニックが。「既存のやり方とは違う工程を経ることで、新しい服をつくれる」と考える二宮さんならではの一着です。胸元から下に落ちるドレープは、大きく開いたネックのようにも、ドレスアップのために大ぶりのネックレスを重ねづけしたようにも見え、セクシーな印象。ドレス全体のシルエットも洗練されており、ノワール ケイ ニノミヤがヨーロッパ的なエレガンスと共通点があることが見て取れます。
こうした服づくりが容易でないことは、二宮さんの話を聞くとよく分かります。「パターンを準備し、工場さんにお渡しして縫い上げるという通常の服づくりの流れとはまったく違います。製造に関わる人数も多く、例えば、データを元にレーザーで素材を切る人、チェーンをつなぐ人、そのパーツを取り付ける土台となる服を縫う人などもいて、それぞれが専門の役割を担っています。工程の中でお互いにアイディアを出し合い、パーツのリングつなぎを1個にするか2個にするかといった細かい打ち合わせを重ねることで、今回のコレクションができあがりました」。どの服も一点モノではなく、プロダクトとして量産が可能です。
将校の制服のごとくシャープなコート(上写真)の模様はプリント手法によるもの。甲州地方に伝わる鹿革に漆で図案をつける「印伝」にも似て、和のニュアンスが感じられます。ウール素材の上に何層にも同じ箇所にプリントを重ね、ラメも加えた凝った技法により、この立体感を生みだしています。
将校の制服のごとくシャープなコート(上写真)の模様はプリント手法によるもの。甲州地方に伝わる鹿革に漆で図案をつける「印伝」にも似て、和のニュアンスが感じられます。ウール素材の上に何層にも同じ箇所にプリントを重ね、ラメも加えた凝った技法により、この立体感を生みだしています。
追求しつづけ、完成されていく。
何気なく思えるこのワンピースも、今季コレクション全体を示すキーワードである「コネクト」に基づいた服です。「編み込みだけでカタチを出す」ことをテーマにしたデザイン。いわゆるニットと同様の考え方が用いられており、ウエストのシェイプ、バストの丸み、袖のくびれなどがすべて、細長いパーツを編むことで生み出されています。このテクニックに最初に挑戦したのは2013-14秋冬コレクションのとき。数シーズン追求し続けたことで、丸ごと一体を同テクニックで制作できるまでになりました。ほかの服と同様に使う部位によってパーツの形状が細かく変えられているため、奥行きと複雑な表情があります。
常に前衛的な技法にチャレンジする二宮さんですが「先端技術を見せることを目的に服をつくっているのではなく、一点一点がスペシャルな服を実現させるために必要な技術を用いているのです」と言います。「服を見る人がテクニカルな要素に気づかなくても、手に取り着ることで感動して、楽しい気分になっていただけたらとても嬉しいです」
黒という仮面の下には、関わる人たちの仕事の蓄積や深い探究心が隠されています。クリエイティブな人が集う夜のパーティなどにこの服を着て行ったなら、その女性は一躍注目の的になるはず。スペシャルなピースは、スペシャルな場でこそ輝きを増すに違いありません。
黒という仮面の下には、関わる人たちの仕事の蓄積や深い探究心が隠されています。クリエイティブな人が集う夜のパーティなどにこの服を着て行ったなら、その女性は一躍注目の的になるはず。スペシャルなピースは、スペシャルな場でこそ輝きを増すに違いありません。
Kei Ninomiya 二宮 啓
青山学院大学でフランス文学を学び、ファッションの道に進むべくアントワープ王立芸術アカデミーに留学。2008年に日本でコム デ ギャルソンに入社し、コム デ ギャルソンのパターンナーを務める。2013年春夏コレクションにて自身のブランド「noir kei ninomiya(ノワール ケイ ニノミヤ)」をスタート。
問い合わせ先/コム デ ギャルソン TEL : 03-3486-7611