週末の展覧会ノート Book 02:近現代史に翻弄されたチェコが生んだ、ジョセフ・クーデルカの回顧展。
チェコスロバキア出身、現在はパリとプラハを拠点に活躍している写真家、ジョセフ・クーデルカ。この展覧会では全部で7つの章に分けて作品を紹介しています。政治的なイメージも強いクーデルカですが、実際はちょっと違います。たとえば、この「実験」という章のコーナーに並んでいるのは、舞台写真などをもとにした演劇雑誌の表紙に使われたもの。この中には暗室作業によってコントラストを強調したり、図と地を反転させたり、一度プリントした写真を角度をつけて複写したりしたものも。タイトル通り、彼がさまざまな”実験”を繰り返していたことがわかります。
クーデルカは大学卒業後、航空エンジニアとして働きながら趣味で写真を撮っていました。この写真はその頃のもの。二股になった木の間から向こうの木を撮ったスナップです。
「この頃のクーデルカは他にも、植田正治のようにシンプルな背景に人を配置した写真などを撮っています。彼自身は写真を撮ること自体が楽しくてしかたがなかったようです。この頃クーデルカは自分が撮った写真をノートに貼って、いろいろなトリミングのしかたを試したりしていました。こうして実験を繰り返し、結果を追求していく、エンジニア的なアプローチで写真を撮っていたのだと思います」(増田)
展覧会には舞台写真のシリーズも展示されています。クーデルカが劇団から依頼されて撮ったものです。「自分たちの芝居を記録するというよりは、クーデルカが撮った写真を演じているようだ」と劇団のディレクターが言ったそうです。クーデルカは視覚を通じて世界を再構成し、虚構のリアリティを組み立てているのです。
「この頃のクーデルカは他にも、植田正治のようにシンプルな背景に人を配置した写真などを撮っています。彼自身は写真を撮ること自体が楽しくてしかたがなかったようです。この頃クーデルカは自分が撮った写真をノートに貼って、いろいろなトリミングのしかたを試したりしていました。こうして実験を繰り返し、結果を追求していく、エンジニア的なアプローチで写真を撮っていたのだと思います」(増田)
展覧会には舞台写真のシリーズも展示されています。クーデルカが劇団から依頼されて撮ったものです。「自分たちの芝居を記録するというよりは、クーデルカが撮った写真を演じているようだ」と劇団のディレクターが言ったそうです。クーデルカは視覚を通じて世界を再構成し、虚構のリアリティを組み立てているのです。
クーデルカはそのあと、東ヨーロッパを中心に移動生活を続けるジプシー(ロマ)の撮影に取り組みます。「ジプシーズ」のシリーズは長期にわたって撮られていて、この展覧会では出品作の約3分の1近くがこの「ジプシーズ」の作品になっています。彼がこだわりと愛着をもっているモチーフであることがわかります。
「クーデルカは舞台写真を撮っていましたが、ジプシーたちの振る舞いはシナリオのない劇場のように見えたのかもしれません。またジプシーの中には流しのミュージシャンとして生計を立てている人が多く、音楽が好きなクーデルカはそんなところにも惹かれたようです」
「クーデルカは舞台写真を撮っていましたが、ジプシーたちの振る舞いはシナリオのない劇場のように見えたのかもしれません。またジプシーの中には流しのミュージシャンとして生計を立てている人が多く、音楽が好きなクーデルカはそんなところにも惹かれたようです」
「ジプシーズ」のシリーズについて増田さんはこう言います。
「第二次世界大戦時、ドイツ占領下のチェコではユダヤ人やジプシーが迫害され、戦後は逆にドイツ系住民が追放された。労働力が不足したためスロバキア地区からジプシーを連れてきた、という事情もあってプラハにはジプシーの居留区がありました。クーデルカが撮ったジプシーは、チェコ現代史の知られざる側面を切りとったドキュメンタリーと見ることもできます」
しかし、クーデルカ自身はここでも視覚的な側面を重視しています。写真の内容ではなく、画面構成上の共通点がある写真を2点、3点と横または縦に並べて展示したりしているのです。クーデルカはあくまでも“視覚の人”なのでしょう。
このシリーズは1975年に写真集として出版され、2011年に新版が出ましたが、クーデルカは新版では収録する写真を増やし、レイアウトも変更しました。彼はカメラでもプリントでも新しいものが出ると積極的に挑戦し、いろいろなことを試しています。一度やったことを繰り返すことなく、常に新しい道へと進んでいるのです。
「第二次世界大戦時、ドイツ占領下のチェコではユダヤ人やジプシーが迫害され、戦後は逆にドイツ系住民が追放された。労働力が不足したためスロバキア地区からジプシーを連れてきた、という事情もあってプラハにはジプシーの居留区がありました。クーデルカが撮ったジプシーは、チェコ現代史の知られざる側面を切りとったドキュメンタリーと見ることもできます」
しかし、クーデルカ自身はここでも視覚的な側面を重視しています。写真の内容ではなく、画面構成上の共通点がある写真を2点、3点と横または縦に並べて展示したりしているのです。クーデルカはあくまでも“視覚の人”なのでしょう。
このシリーズは1975年に写真集として出版され、2011年に新版が出ましたが、クーデルカは新版では収録する写真を増やし、レイアウトも変更しました。彼はカメラでもプリントでも新しいものが出ると積極的に挑戦し、いろいろなことを試しています。一度やったことを繰り返すことなく、常に新しい道へと進んでいるのです。
プラハの春をきっかけに、流浪の旅へ。
「侵攻」のシリーズは1968年に起こった、プラハでの民主化運動“プラハの春”をワルシャワ条約機構の軍が武力で鎮圧した事件の記録です。民主化を求める市民たちが武器を持たずに戦車に立ち向かう様子がとらえられています。
「チェコは長い間オーストリアやドイツなど、他国に従属させられていた歴史をもつ国。クーデルカは決して政治的な人間ではない、と自分で言っていますが、自分の国で起きたできごとを撮らずにはいられなかったのでしょう」
この写真を当時、発表するのは極めて難しい状況でした。写真の存在を知ったマグナムのエリオット・アーウィットは人を介してクーデルカを説得、ネガを密かにチェコスロバキア国外に持ち出します。それらの写真はプラハの春から1年ほどたってから、西側の雑誌に撮影者の名前を伏せて発表され、世界中から大きな注目を集めます。クーデルカはその記事を、プラハの劇団の公演に同行したまたま滞在していたロンドンで知ることになりました。一緒にいた劇団のメンバーは、みんなが「誰が撮ったのか」と騒いでいましたが、クーデルカは自分が撮った、とは言えません。翌年、再びジプシー撮影のために西欧に渡った彼はそのままイギリスにとどまることになり、亡命者となってその後20年間、故国に戻ることはありませんでした。
「チェコは長い間オーストリアやドイツなど、他国に従属させられていた歴史をもつ国。クーデルカは決して政治的な人間ではない、と自分で言っていますが、自分の国で起きたできごとを撮らずにはいられなかったのでしょう」
この写真を当時、発表するのは極めて難しい状況でした。写真の存在を知ったマグナムのエリオット・アーウィットは人を介してクーデルカを説得、ネガを密かにチェコスロバキア国外に持ち出します。それらの写真はプラハの春から1年ほどたってから、西側の雑誌に撮影者の名前を伏せて発表され、世界中から大きな注目を集めます。クーデルカはその記事を、プラハの劇団の公演に同行したまたま滞在していたロンドンで知ることになりました。一緒にいた劇団のメンバーは、みんなが「誰が撮ったのか」と騒いでいましたが、クーデルカは自分が撮った、とは言えません。翌年、再びジプシー撮影のために西欧に渡った彼はそのままイギリスにとどまることになり、亡命者となってその後20年間、故国に戻ることはありませんでした。
「エグザイルズ」のシリーズは亡命者となったクーデルカが各国で撮影したものです。チェコスロバキアを出てからの彼は、同じ国に3カ月以上とどまったことがないそうです。この4枚は自分の足や食事、草の上の“ベッド”、腕を撮ったもの。このあとに続く写真がどのような状況で撮られたかを明快に示しています。
「このシリーズには雪の上をさまよう犬や、海上を飛ぶカモメといった写真もあります。クーデルカはそれらの寄る辺ない生き物に自分を重ねているのかもしれません」
クーデルカは現在75歳ですが、「服もお金もいらないし、心配しなくても何とかなるものなんだ」と言いながら、今も世界中を飛び回っているそう。そのパワーにも圧倒されます。
「このシリーズには雪の上をさまよう犬や、海上を飛ぶカモメといった写真もあります。クーデルカはそれらの寄る辺ない生き物に自分を重ねているのかもしれません」
クーデルカは現在75歳ですが、「服もお金もいらないし、心配しなくても何とかなるものなんだ」と言いながら、今も世界中を飛び回っているそう。そのパワーにも圧倒されます。
クーデルカは「依頼された仕事はしない」ことを信条としています。自分が撮りたいと思ったものしか撮らないのです。この写真は映画監督のテオ・アンゲロプロスの『ユリシーズの瞳』のロケに同行して撮ったもの。この際もアンゲロプロスにはスチルを撮って欲しい、と頼まれたのですがクーデルカは断りました。アンゲロプロスは再度、「では撮影現場に同行して好きなものを撮ってほしい」と頼みます。この写真は1994年、ルーマニアでのカット。おそらくはレーニンの銅像が破壊され、運ばれていくところです。
鉱業や産業の跡に見る、人間社会の混沌。
右側のびりびりになったポスターの写真は同じく『ユリシーズの瞳』の撮影に同行して、セルビアで撮影したもの。旧ユーゴスラビアの内戦にからんだ政治的対立が背景にあることをうかがわせます。しかし、その左側に並べられた2点はイギリスとフランスで撮られたものであり、この3点の間には歴史的、政治的なつながりはありません。クーデルカはポスターの斜めの破れ目と、斜めになった影との間に視覚的な共通項を見出してこのように並べているのです。
最後の部屋では最新作「カオス」を展示しています。このシリーズを撮るきっかけのひとつが、クーデルカが20年ぶりに故郷に戻って見たチェコの鉱山でした。鉱業という産業や工業によって、風景が大きく変わってしまっていたのです。「カオス」のシリーズにはそれまでのクーデルカの写真と違って、人間が一切写っていません。しかし、そこには人間の営みによって変えられてしまった光景が写し出されています。
「カオス」の中のひとつに、イスラエルとパレスチナ地区を隔てる壁の写真があります。
「チェコスロバキアという“壁”の向こうにあった国で育った彼に、深い関わりを感じさせたのかもしれません」と増田さん。
「カオス」の中のひとつに、イスラエルとパレスチナ地区を隔てる壁の写真があります。
「チェコスロバキアという“壁”の向こうにあった国で育った彼に、深い関わりを感じさせたのかもしれません」と増田さん。
「カオス」の展示室では、壁の写真はほぼシンメトリーに配置されています。個々の写真も構図が計算された、きっちりとしたもの。その均衡を崩したいと考えたのか、床には「カオス」の写真集を広げたものを斜めに配しました。
「床の展示台はばらばらに投げ出された木材のようにも見えます。世界が壊れていって、カオスに戻っていくことを暗示しているようにも感じられます」
人間を撮っていなくても、その愚かさ、愛しさを濃厚に漂わせるモノクロームの写真。そんな写真が展覧会の最後に置かれていることに、さまざまな意味が込められているのかもしれません。
「床の展示台はばらばらに投げ出された木材のようにも見えます。世界が壊れていって、カオスに戻っていくことを暗示しているようにも感じられます」
人間を撮っていなくても、その愚かさ、愛しさを濃厚に漂わせるモノクロームの写真。そんな写真が展覧会の最後に置かれていることに、さまざまな意味が込められているのかもしれません。
ジョセフ・クーデルカ展
東京国立近代美術館
住所:東京都千代田区北の丸公園3-1
会期:~1月13日(月・祝)
休館日:月曜(12月23日、1月13日は開館)、12月24日、12月28日~1月1日
開館時間:10時~17時(金曜日は20時まで)※入場は閉館の30分前まで
一般¥850
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
http://www.momat.go.jp/Honkan/koudelka2013/index.html
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