現代デザインの精鋭たち File.02:コンスタンティン・グルチッチが探る、次のかたち、次の機能。
フィンランドのイッタラは、1999年から気鋭のデザイナーたちによる「RELATIONS」シリーズを発売しています。この時にマーク・ニューソンらとともに起用されたのがグルチッチでした。イッタラの工房を訪れた彼は、グラスを工業的に製造するプレス機の魅力に圧倒されました。それから円錐形のグラスの新しいフォルムを試みて、内側の一部を厚くすることで快適にスタッキングできるフォルムを発想します。このグラスを実際に使うと、厚みのぶん通常のグラスに比べて少々重いのがわかります。その重さを不快に感じる人もいるかもしれませんが、道具を使いこなすような手応えが魅力になりました。残念ながら現在は廃番になっていますが、同時期に発表されたフロスの照明器具「MAYDAY」と並ぶ彼の出世作です。
グルチッチによる家具の代表作が、2004年にイタリアのマジスから発表された「CHAIR_ONE」です。この椅子の特徴は、通常は椅子のフレームにしか用いられないアルミニウム鋳造によって、洗練されたポリゴン(多面体)の座面をつくり上げたこと。この造形感覚は、21世紀に入って急速にバリエーションを増やした現代建築と相性がよく、世界中の公共空間で使われるようになりました。と同時に、工事現場やガレージに似つかわしい精悍でマスキュリンな姿も「CHAIR_ONE」の大きな味わいになっています。人の身体をもとに生まれた座面のフォルムは、座る人の体重をがっちりと支えます。自然素材の椅子のように身体に馴染む感覚はありませんが、座るための道具としては十分な座り心地です。さらに座り心地を高めるために、後に専用のクッションパッドがオプションで用意されています。
過去の巨匠のイメージが浮かぶ。
2011年の「AVUS」は、それまでに彼がスツール「MIURA」などを発表してきたイタリアのプランクから発表されました。比較的大きめのラウンジチェアで、昔ながらの革張りのクラブチェアを現代の文脈に合わせて大胆に解釈したものです。プラスティック製のシェルがフレームとなり、そこにジッパーで座面のクッションを固定するという構造。シェルの内側は空洞です。この構造の実現のため、自動車、スポーツギア、トラベルラゲッジの技術が応用されました。座面はゆったりとしていますが、全体のサイズは最低限に収まっています。フォルムや全体の雰囲気には、彼の先達といえるアキッレ・カスティリオーニ、ジョエ・コロンボ、ディーター・ラムスといったデザイナーたちの面影が浮かびます。
2013年4月、グルチッチがイタリアのマジスから発表した椅子のシリーズが「TRAFFIC」です。彼は、過去にチャールズ・イームズやハリー・ベルトイアが用いたスチールワイヤー(細いスチールの棒)を折り曲げて椅子をつくろうと考えます。しかしスチールワイヤーの座面では、座り心地を高めることは難しい。そこで折り曲げたスチールワイヤーのフレームに、クッションをはめ込むような構造を採用しました。これはル・コルビュジエが1920年代に鋼管を使ってデザインした椅子と同じような考え方です。スチールワイヤーは鋼管よりも自由に造形できるので、ソファ、寝椅子、オットマンなど多様な椅子のバリエーションをつくることができました。「TRAFFIC」の軽快さと高度なフレキシビリティは、ル・コルビュジエが思い描いたヴィジョンをさらに前に進めたもののような気がします。
「LANDEN」は、2007年にヴィトラエディションのひとつとして発表され、12点のみ販売されました。ヴィトラエディションは、家具ブランドのヴィトラが1987年に初めて企画したリミテッドエディション家具のコレクションで、この時はエットレ・ソットサス、倉俣史朗、ガエターノ・ペッシェらが参加。2回目となった2007年は、グルチッチのほかにヘラ・ヨンゲリウスやカンパーナ兄弟らコンテンポラリーデザインを代表するメンバーが参加して、量産品の制約に縛られない先鋭的なデザインを発表しています。「LANDEN」は、数人が自由な姿勢で座り、コミュニケーションが生まれるようなリング状をしています。一種のベンチですが、ベンチの伝統的な形態を受け継ぐのではなく、この姿はあくまで機能から導かれた純粋な構造体を思わせるもので、そこに彼の実験性があります。そしてあらゆるディテールが醸し出すインダストリアルなフィーリング。グルチッチの家具の多くに似たような面がありますが、それが象徴的に表れたものと言えるでしょう。