小説が禁じられた世の中で、作家はなにを書いたのか。
実験的な小説だ。いや、恐らく小説のはずだが、体裁としては『やすらか』という小冊子に作家が連載する随筆だ。この作家は独房に10年以上収監されている。随筆は、のびのびと心の在り様を綴ったものではない。カタカナは一文字も使われておらず、テレビ界は「電視界」と記述される。作者は「……だった」「……なのだ」という過去形も使わない。過去形はそれが確実にあったという事実を示す効果をもつため、詐術も可能だからだ。ところどころに伏字があるのは、検閲されているからだろう。 時は、2036年。2020年代に大きな紛争があり、この国は亜細亜連合の一部となっている。紛争中には原子力事故が連続発生し、国土の一...
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