新しい価値を示し、世界中の障がい者雇用につなげるフランス発のカフェブランド「Café Joyeux」

  • 文・写真:細谷正人 現地コーディネート:Naoko Unbekandt

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既成概念を打ち破るフランス発のカフェブランド「Café Joyeux」。 新しい価値で世界中の障がい者雇用や人財育成につなげている。

世界中に店舗を持つシアトル発のStarbucksは、家でもなく職場や学校でもない「The 3rd Place(第3の場所)」が提供価値であることがよく知られています。第3の場所なのでコーヒーだけに拘らず、バナナやドーナツ、ポテトチップス、ヨーグルトが用意され、勉強する人、くつろぐ人、おしゃべりをする人に合わせて、座り心地や座高が異なる椅子や机も配置されています。そして、時にはセミナーも実施されて学ぶ場にも変化します。最近、カフェ文化が根強いヨーロッパの街中でもStarbucksを目にすることが多くなりました。世界中のどこでも同じメニューがオーダーでき、ライフスタイルの延長となる「第3の場所」を提供できることが彼らの独自性だと考えることができます。しかしながら、暮らしとカフェが密接に繋がるヨーロッパでは、この価値を超えた「幸福感のある小さな社会」を提供する新しいカフェブランドが生まれています。

2017年、フランスのブルターニュ地方レンヌで新しい価値を提案するカフェレストラン「Café Joyeux」(カフェ ジョワイユ ”Joyeux”=楽しい、嬉しいの意)が誕生しました。「Café Joyeux」は、自閉症などの精神的な病を持つ人やダウン症(21トリソミー)の障がいを持つ人を、健常者と同じ条件で雇用することを目的とした非営利目的の会社です。私たちが「Café Joyeux」を利用し、彼らが焙煎しているコーヒー豆や様々な企業とコラボレーションしている商品を購入することで、障がい者の雇用と育成に貢献できる仕組みになっています。

フランスでは、70万人が自閉スペクトラム障害、約7万人がダウン症と診断されており、他の国民に比べて失業などの影響を2〜3倍受けていると言われています。また、精神的な障害を抱えている人のうち、一般の職場で働くことができているのはわずか0.5%という少なさです。そのような社会環境の中で「Café Joyeux」は、採用した人すべての個性を受け入れ、互いに尊重されるような働く環境を提供するだけではなく、不平等の問題を提言し、前向きに社会を改善していく仕組みを実践しているカフェなのです。

彼らは『私たちはより良い世界のために、違いに対して心を開いていく』というビジョンを掲げ、『仕事と出会いを通じて、世界の脆さを内包していく』という使命を設定しています。そのような志から、障がいを持つすべての人々を雇用し、働くためのトレーニングを実施する「Café Joyeux」が誕生しました。

もちろん、日本にも同様の活動を行なっている団体は数多くあると思います。しかし、実際にシャンゼリゼ通りの「Café Joyeux」へ行ってみると、スケール感、デザイン性、働く人とお客さんのコミュニケーション力、スタッフのサポート手法、企業との持続的なコラボレーションなど、私が当初想像していた雰囲気やイメージとは良い意味でまったく違うものでした。誰もが一人ひとりをお互いに尊重し、カフェ文化が根付いているフランスだからこそ生まれたブランドだと言えます。

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左:シャンゼリゼ通り店の外観。シャンゼリゼ通りに面して、高級ブランドが立ち並ぶ中にある。 右:エントランスかr右手の壁一面には商品がディスプレイされている
 
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左:équipierのメンバーの写真がディスプレイされている。 右):星付きシェフ、ティエリー・マルクス考案の軽食が並ぶ。

店内に入るとまず、吹き抜けの開放的な空間が広がります。壁一面の棚に商品やメッセージ、そしてイエローがブランドカラーとして象徴的にデザインされています。ブランドマークの手書きイラストで書かれたキャラクターも親近感を与えてくれます。

”équipier”(équipierはグループメンバー、チームメイトという意味)と呼ばれる従業員の顔写真が壁面にディスプレイされ、働く人の顔が見える店づくりをしていることが感じられます。簡単な軽食や焼き菓子が並び、来店客はそこから食べ物を選びます。レジで飲み物を頼むと番号が渡され、好きな席で待ちます。さまざまな形の椅子やソファ、大きなテーブルもあり、地元客から観光客まで幅広いタイプの客層が店内にいました。

私が2階の席で待っていると、équipierであるダウン症の女性がコーヒーと共に”Passez un joyeux moment!” (幸せなひと時を過ごしてくださいね!)と笑顔で声をかけて持ってきてくれました。「Joyeux」というブランドネームを使用した温かいメッセージも私たちに届けてくれます。

きっと店内には「Café Joyeux」のコンセプトを知らずに利用している客もいるでしょう。彼女を見守るマネージャーらしき女性がフロアにいますが、必要以上のサポートはせず、距離を置いてそっと見ているだけです。ここで働いている一人ひとりのéquipierが誇りを持って、自立して働いていることがわかります。そして、その自立を普通のこととして客側も尊重しています。

実際に「Café Joyeux」を体験し、équipierの心からの笑顔とサービスに、私も温かな気持ちになり、自然と心が和みました。こんな小さな出来事を通して、社会全体が優しい気持ちになれたらどんなに良いだろうかと、コーヒーを飲みながら感じることができるカフェは心地の良い体験でした。幸福感や豊かさのある小さな社会が美味しいコーヒーとともに提供されたような感覚です。日常のちょっとした余白の中に、明るい可能性が生まれるのです。まさに彼らのビジョンである「心をひらく」を提供しています。

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左:入口を入った店内。前面がガラス張りで開放的な空間。中央にはブランドロゴが。 右:店内2階。大テーブルが置かれるなどリラックスした空間
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”équipier”たちの笑顔が飾られている。
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équipierである彼らの笑顔の理由には、このカフェで結んでいるCDI(無期限雇用契約)が初めて、という人が大半だからということもあるでしょう。日本と同様、ヨーロッパでの障がい者の就業率はとても低く、難しいのが現状です。こういった状況に着目して創業されたのが、このカフェの大きなチャレンジです。「Café Joyeux」は賛同してくれる企業を探し、非課税になる寄付を募り、自らの経営に充てています。創業から約8年で、フランスでは1号店のレンヌの他、14店舗があります。ポルトガルに4店舗、ベルギーに1店舗を構えるまで、コロナ禍の中でも順調に拡大してきました。

2018年3月、2番目の店舗、パリ・オペラ店のオープン時には、マクロン大統領夫人のブリジット・マクロンが立ち合い、ニュースでも話題になりました。また、20年3月のシャンゼリゼ店オープンにはマクロン大統領も立ち合い、21年11月のリスボン店オープン時にはポルトガル大統領が同席するなど、「Café Joyeux」のビジョンは、政府までも彼らの活動に賛同し、全面的に支援していることがわかります。

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左:持ち帰りとオリジナルの商品が買える店舗。企業とコラボレーションした様々な商品が並ぶ。 右:アイコニックでフレンドリーなブランドロゴ。 ”Joyeux”とはフランス語で楽しい、嬉しいの意味を表す。
‎JOYEUX.‎008.jpegフランス企業とコラボレーションした商品開発。売上はéquipierの人材育成などに活用されている。

2024年3月21日には、世界ダウン症の日に21店舗目をニューヨークにオープン。米国でも「Café Joyeux」を展開するために約2年の歳月を費やし、実現させました。米国でも抱えている課題は同様で、障がい者の失業率は80%にも上り、雇用問題はより深刻です。この春「Café Joyeux」がオープンしたのは、マンハッタンのミッドタウン地区で、様々な企業、銀行、弁護士事務所、保険会社やホテル、レストランが集まる場所です。

フランスとシステムが異なる米国では、障がい者を支援する2つの団体が経営に協力しています。きっと、イタリアンコーヒーと星付きフランス人シェフ、ティエリー・マルクス氏考案の美味しい軽食が提供されるカフェに、ニューヨーカー達が興味を持つことは間違いないでしょう。

障がい者の雇用を増やし、維持するために、来店客とともに彼らの働く環境をきちんとつくり上げていくという発想がとても革新的です。「Café Joyeux」の空間に、幸福感のある小さな社会が生まれ、自然と来店客の心がひらいていくという提供価値は、カフェとしての次のステップを感じます。そして、ビジネスとしても、その強い提供価値をグローバルに推し進めている熱量があります。ブルターニュからパリへ、そしてヨーロッパ、ついにニューヨークまで広がり、各国の政府までも動かしています。

‎JOYEUX.‎010.jpegネスプレッソとのコラボレーション商品。製品の収益はéquipierの人材育成などに活用される。

 「Café Joyeux」の成功には、いくつか理由があると思います。

1点目は、障がい者の雇用育成を、私たちの消費行動によって自然と貢献できる世界観が用意されていることです。équipierのような楽しくて元気の出るトーン&マナーを感じることができます。また、ネスプレッソコーヒーやル・コック・スポルティフのスポーツウェア、Betjen & Bartonの紅茶、Valrhonaのチョコレートなど、フランス企業とのコラボレーションも年々拡大しており、全国のカルフールやフランプリなどのスーパーマーケットでもコーヒーなどを販売しています。賛同する企業の多さと広がりは「Café Joyeux」の成功を物語っています。

2点目は、持続的な雇用を守るために研修等の人財育成までも、スポンサー企業がサポートをしていることです。企業が独自に進めていく障がい者雇用の継続はなかなか難しい問題ですが、「Café Joyeux」の顧客たちも一緒にこの支援をサポートすることで良い循環がうまれ、継続的な育成を実現しています。

そして3点目に強い提供価値です。「Café Joyeux」のカフェ空間に、幸福感のある小さな社会が生まれ、美味しいコーヒーと共に利用客の心を自然とひらいていくという、強い提供価値が存在していることです。

現在ヨーロッパではéquipierが169人、アメリカでは14人がおり、フランス国内だけでも2024年に6店舗オープン予定で、このブランドビジネスは大きく広がっていくでしょう。フランスの地方都市であるブルターニュ・レンヌから始まったひとつの企業が、政府を動かし、この新しいカフェ文化が世界にまで広がっています。近い将来、日本にも「Café Joyeux」が誕生し、日本政府を動かす日が来るかもしれません。

「Café Joyeux」は、実践的な事例として日本企業が最も注目すべき事例でもあります。独自性のある提供価値を持ち、革新的なインクルージョンソリューションを実践し、世界に向けたグローバルブランドとして成長しています。まさにソーシャルグッドなブランド戦略の良い事例です。創業からわずか約8年で、強い提供価値を掲げ、政府を巻き込み、ここまで事業を加速しているソーシャルグッドビジネスは世界でも類を見ないのではないでしょうか。「Café Joyeux」は持続可能な社会の実現とビジネスの成長は共存できることを実証しています。この相反する両輪を回しながら、唯一無二のブランド価値を創造していくヒントが「Café Joyeux」には隠されています。

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細谷正人

バニスター株式会社 代表取締役/ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター(株)を設立。P&Gや大塚製薬、オムロンなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、社内啓発まで包括的なブランド構築を行う。著書には『ブランドストーリーは原風景からつくる』『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(日経BP)。一般社団法人パイ文化財団代表理事。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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細谷正人

バニスター株式会社 代表取締役/ディレクター

NTT、米国系ブランドコンサルティング会社を経て、2008年にバニスター(株)を設立。P&Gや大塚製薬、オムロンなど国内外50社を超える企業や商品のブランド戦略とデザイン、社内啓発まで包括的なブランド構築を行う。著書には『ブランドストーリーは原風景からつくる』『Brand STORY Design ブランドストーリーの創り方』(日経BP)。一般社団法人パイ文化財団代表理事。法政大学大学院デザイン工学研究科兼任講師。

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