3組のペアの違いや個性も見どころな、東京バレエ団によるクランコ版『ロミオとジュリエット』

  • 文:並木浩一

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東京バレエ団が5月から6月にかけて、『ロミオとジュリエット』の全幕公演を行う。言わずと知れたシェイクスピアの戯曲が原作で、セルゲイ・プロコフィエフが作曲を手掛けた名作だ。斎藤友佳理芸術監督が率いる同バレエ団は、2年前に日本での初演を行なったジョン・クランコ版の振り付けを選択した。6回公演でそれぞれ2回ずつ舞台に上がる3組のペアは、いずれも必見だ。

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世界中で圧倒的な知名度があるシェイクスピアの原作は、愛し合いながら運命に翻弄される若き男女の悲劇。プロコフィエフの曲とともに知られる、バレエの人気作品である。 photo: Shoko Matsuhashi

東京バレエ団がバレエ団創立60周年記念シリーズの第6弾として、『ロミオとジュリエット』の全幕を上演する。同バレエ団では複数の振付家の版をレパートリーに持っているが、今回の上演は2022年にバレエ団として初演したジョン・クランコ版。1958年にスカラ座バレエ団で世界初演され、クランコが1973年に没するまで芸術監督を務めたシュツットガルト・バレエ団の、至宝ともいえる作品である。

そのクランコ作品が斎藤友佳理芸術監督が率いる東京バレエ団で、また新たな化学変化を起こそうとしている。前回・2022年の初演では、3組のペアが1回ずつだけの3日間公演を行った。全幕ものの傑作、しかも初演にしては非常に贅沢なスケジュールであり、巨匠ユルゲン・ローゼによる装置も衣裳も、観客の前にもっと数多く披露されて然るべきものであった。ポスト・コロナの時代に、その想いが実現する。今回は3組のペアが2回ずつ、5月、6月と月をまたいで計6日間の日程が組まれた。

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個々の絢爛さと全体の統一感をもった衣装は、1973年のクランコの死去まで作業をともにしたユルゲン・ローゼによるもの。初めてのふたりの共同作業が、シュツットガルト・バレエ団が1962年に初演した『ロミオとジュリエット』である。 photo: Shoko Matsuhashi

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クランコの振り付けに顕著なのは“ドラマティック・バレエ”、ダンスの物語性や劇的バレエといった言葉で語られる、舞踊の明快な言語態だ。クラシックバレエにはもともと“マイム”という非発声の言語があり、たとえば左手の薬指を右手のひらで指せば結婚の意味になったりする。

一方、クランコの振り付けはほぼマイムに頼ることなく愛や憎しみや恐怖、あらゆる感情をダイナミックな身体の動きの中で表現しようとする。台詞がないにも関わらず、演劇性が舞踊と拮抗し、渾然一体となって昇華する。表現力の高い踊り手を得た時に驚異的な芸術の奇跡を起こす、起爆性の高い振り付けなのである。ドイツの地方カンパニーにすぎなかったシュツットガルト・バレエ団とブラジル出身のプリマ、マリシア・ハイデとともに世界トップクラスに押し上げたのは、まさにクランコ作品の爆発力だった。

実は斎藤友佳理は初演時に、将来の構想までも語っている。『ロミオ&ジュリエット』の先に同じクランコ振り付けの『オネーギン』全幕の公演を見据えていることだ。東京バレエ団が2010年にこの作品を日本初演した時、斎藤自身はヒロインのタチアーナを情熱的に踊り、演じ、絶賛されている。今回のジュリエット役3名と、ロミオ3名はいずれも、タチアーナとオネーギンの有力候補に間違いない。舞踊のテクニックだけでなく、演劇的な表現力を期待されている。

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互いにひと目惚れしたロミオとジュリエットが愛を語り合う、有名なバルコニーの場面。やがて運命に引き裂かれることになるふたりの情熱が燃え上がる。 photo: Shoko Matsuhashi

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そもそも『ロミオとジュリエット』の物語は、たとえ完全なものでなくても人々の記憶に痕跡を残す。シェイクスピア原作の戯曲をはじめ、舞台、映画、ミュージカル、宝塚歌劇、漫画やアニメとさまざまカタチで作品化されてきた。ミュージカルや映画の『ウエスト・サイド物語』『ウエスト・サイド・ストーリー』が“ロミジュリ”の翻案であることもよく知られているだろう。

対立するふたつの名家の若き男女ロミオとジュリエットが運命的に出会い、情熱的な恋に落ちて結ばれるが、運命に引き裂かれ、悲劇的な死によって結末を迎える。普遍的なラブストーリーは、オリビア・ハッセーがジュリエットを演じた1968年映画と挿入曲「愛のテーマ」や、バルコニーの上下で愛を語る名場面の断片の記憶と結びついた、世代を超えて共有されるある種の集団的記憶だ。

クラシック音楽としてはベルリオーズの交響曲も存在するが、プロコフィエフ作曲のバレエのほうが、圧倒的に知られているだろう。単独でコンサートで演奏されることも多い曲「モンタギュー家とキャピュレット家」は、ソフトバンクのCMで印象的に使われたことから、オリジナルを知らなくとも多くの人が聴いていることだろう。

『失われた時を求めて』の著者マルセル・プルーストは「シェイクスピアは舞台で観るより書斎で読むほうが美しい」という旨の文章を書き残している。完璧なテクストを不完全な生身の演技が裏切ってしまうことの不興を皮肉に述べていたわけだ。20世紀が生んだ最高の作家とも称される彼の存命中には『ロミオとジュリエット』はバレエ化されることがなかったし、プロコフィエフの曲も生まれていなかった。プルーストがこのクランコ版『ロミオとジュリエット』をもし観ることが叶ったなら、最良のテクストから言葉をすべて剥ぎ取りながら、すべてを表現する身体と音楽をどう評しただろうか。

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今回の公演では、経験も年齢も異なる3組のペアで2回ずつの公演が組まれている。身体表現に表情も重要となる、クランコ版の物語性をそれぞれがどう演じるのかも見どころ。 photo: Shoko Matsuhashi
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誰もが認める舞台美術の巨匠ユルゲン・ローゼによる2層構造の舞台装置を効果的に使った演出のダイナミズムも必見。 photo: Shoko Matsuhashi

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2年ぶりとなる東京バレエ団の公演では、キャスティングも興味深い。初日には沖香菜子のジュリエットと柄本弾のロミオ。2年前と同じく、不動のプリンシパル同士の絶対的ペアだ。

2年前のプリンシパル昇進直後にジュリエットを演じた秋山瑛は、この4月にファーストソリストに昇格したばかりの大塚卓とペア。実はこのふたりは、ベルリオーズの曲にモーリス・ベジャールが振り付けた『ロミオとジュリエット』のパ・ド・ドゥで共演した経験がある。

そのベジャール作品でジュリエットを演じた足立真里亜も2年前にソリストに昇進し、直後にクランコ版を踊った。そんな足立は、この4月にプリンシパルに昇格したばかりの池本祥真とペアを組む。

演奏は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。休憩2回を含む全3幕の上演時間は約2時間45分を予定しており、6回中2回の金曜日が18時半からのソワレ、4回の土・日公演が14時からのマチネで設定されている。それぞれのペアの違いを堪能できるゆえ、何度でも足を運ぶ価値がある。

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悲劇の伏線となる、対立するモンタギュー家とキャピュレット家の若者の争いは、のちの悲劇の伏線となる。やがて決闘することになるティボルトとマキューシオは重要な役どころだ。 photo: Shoko Matsuhashi
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東京バレエ団は、『ロミオとジュリエット』の全幕ものだけでもクランコ版と、クランコの弟子に当たるジョン・ノイマイヤー版をレパートリーに持つ。2年前の初演で絶賛されたクランコ版の再演だけに、期待は尽きない。 photo: Shoko Matsuhashi

東京バレエ団『ロミオとジュリエット』

公演日:5月24日〜26日、6月7日〜9日
会場:東京文化会館
TEL:03-3791-8888
www.nbs.or.jp